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死にぞこないの青死にぞこないの青 死にぞこないの青 乙一 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)時折、口籠《くちご》もった。 ------------------------------------------------------- [#ここから4字下げ] 第一章 [#ここで字下げ終わり] [#改丁] [#ここから10字下げ] 1 [#ここで字下げ終わり]  僕はとにかく恐がりで、いろいろなことにいつ...

死にぞこないの青
死にぞこないの青 死にぞこないの青 乙一 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)時折、口籠《くちご》もった。 ------------------------------------------------------- [#ここから4字下げ] 第一章 [#ここで字下げ終わり] [#改丁] [#ここから10字下げ] 1 [#ここで字下げ終わり]  僕はとにかく恐がりで、いろいろなことにいつもびくびくしていた。 小学 小学生如何制作手抄报课件柳垭小学关于三违自查自纠报告小学英语获奖优质说课课件小学足球课教案全集小学语文新课程标准测试题 三年生になるまで夜ひとりでトイレへ行けなかったし、押し入れのちょっとした隙間さえ恐ろしかった。扉が少しでも開いていると、その影からだれか人の顔がこちらを見ていたらと想像してしまい、きっちりと閉めなくては落ちつかない。幽霊が本当にいるのかどうか疑わしいとは思う。それでも、恐いものはしかたがない。  自分が他の子よりも恐がりなんじゃないか、ということに気づいたのは、つい最近なのだ。  春休みのある日曜日、友達数名と自転車をこいで、学校のそばにあるスーパーへ買い物に出かけた。ビックリマンチョコ、というお菓子を買うためである。そのお菓子にはおまけとしてシールが入っており、それを集めるのが男子の間で流行していたのだ。わざわざ自転車でスーパーまで買いに出かけたのにはわけがある。ビックリマンチョコは人気商品で、棚に並んだ途端、子供たちが買いあさってしまうのだ。普通の店ではあまり手に入らない。  僕の友達にミチオというやつがいて、その母親が学校のそばにあるスーパーで働いていた。そこから得た情報によると、日曜日の十時ごろ、ビックリマンチョコを入荷するのだという。それを聞いた僕たちは、みんなでそれを買いにスーパーへ出向くことにしたのだ。  結果、お菓子は思う存分、買い占めることができた。 「おばちゃん、ありがとう」  友人のひとりが、スーパーで働いていたミチオの母親に言った。本当に親しそうな声だった。スーパーの制服を着たミチオの母親はその言葉に笑顔を返していた。そして彼女は僕にも目を向けて言った。 「こんにちは、マサオくん」  礼を言わなくてはいけないと思った。でも、言葉が出なかった。なぜだか恥ずかしかった。それに、恐くもあった。  僕は、親しくない人とうまく話ができないたちだった。つまり、人見知りが激しいのだと自分では思っている。はじめて話をする人とは、目をあわせることもできなかった。だから、ミチオの母親を前にして、僕はうつむいてしまった。  スーパーを出て僕たちは自転車をこいだ。僕たちの移動手段はいつもそれだった。移動するたびに自転車が連なる様は、まるで暴走族のようだとお母さんに言われたことがある。  自転車をこぎながら、ミチオの母親にあいさつしなかったことを考えていた。そうしてしまったことを後悔していた。友達はきちんと礼を言ったのに、僕は言ってないということで、失礼な子供と思われてしまった。  僕たちは公園へ行った。そこでお菓子の袋を開け、中に入っているおまけのシールを確認した。それらのシールはビックリマンシールと呼ばれ、いろいろな種類がある。店で購入する段階では、包装されているために、どんな種類のシールが入っているのかわからない。ビックリマンチョコにはまるで博打のような楽しさがあった。 「やった!」  友達のひとりがそう叫んで、袋から取り出したシールを掲げた。それは太陽の光を反射して虹色に輝いていた。めったに手に入らない貴重なシールだった。  友達が、次々とお菓子をゴミ箱に捨てた。みんなは、おまけのシールを集めるためにお菓子を買っているわけで、いっしょに袋へ入っているチョコレートは食べずに捨てるのだ。  僕も友達にならってそうしていた。  なぜかはわからないけど、そのときに気づいた。僕は、みんなよりも恐がりだ。  みんなはだれに対してもきちんと声をかけることができる。知らない人にもあいさつができるし、何も恐いことなどないというように振舞っている。ゴミ箱にまだ食べられるお菓子を、ためらいなく捨てる。僕もそうしていたけど、実は捨てるたびに恐かった。食べられるものを捨てるという行為は、ひどく悪いことのように思えた。でも、みんなはそれが当然であるように考えている。恐がっているのは僕だけなのだ。  でも、そういったことにびくびくしているということをさとられるとばかにされそうで、普通に振舞って平気なふりをしていた。  僕の家がある小学校区は、町の中心から少し離れており、周囲にはたんぼや畑が多かった。家から、たんぼに挟まれた細い道を通り、いちごを栽培しているビニールハウスの横を抜けて、町を一本だけ貫いている国道を渡ったところに小学校がある。トラクターが泥を撒き散らしながら通学路を進んでいることもよくあった。少し離れた所に住む親戚のおばさんが運転する車に乗っていたとき、彼女は言った。 「このへん、田舎ね」  その言葉を聞くまで、自分の住んでいるところが田舎だと思ったことはなかった。だから意外だったし、少し傷ついた。僕のクラスで、田舎、という言葉はたいていいつも相手をばかにするときに使用していたからだ。  春休みが終わり、新学期の初日の朝だった。  僕はミチオといっしょに小学校へ登校していた。冬の間は皮膚がしびれるくらい寒かったが、四月になってだいぶ暖かくなっていた。それでも朝の冷気に震えながら、僕たちは学校へ向かって歩いていた。春休みの間中、ランドセルを身につけたことはなかった。そのため、ひさびさに背負った感触が、なつかしいような、嫌気がさすような心地だった。 「今度の担任は、新しく先生になったばかりの人なんだってさ」  ミチオが言った。  僕の通う小学校は、全校生徒が二百人程度だった。年度が変わって僕とミチオは五年生になったが、クラス替えというのはないため、今年度も同じクラスなのだ。 「じゃあ、まだ若いのかな?」  僕がたずねると、ミチオは首をかしげた。 「大学を卒業したばっかりなんだって」  ミチオはそう言ったものの、僕たちは大学というのがどんな場所なのかよくわからず、想像しにくかった。  ミチオは幼稚園のときからずっと付き合いのある友人だった。僕たちはよくプラモデルのことで話をした。 「やっぱり乾くのを待って二回は塗らないと綺麗な色が出ないよね」  というのが彼の口癖だった。  僕の家でプラモデルに色をつけていると、カラースプレーのあまりの臭さに、両親から苦情が来る。そこのところ、ミチオの家は寛大だったので、僕はよく彼の家でプラモデルの色塗りをやった。部品をニッパーで切り離す前に、スプレーで色をつけてやるのだ。そうしなければ、完成品は恐ろしくあじけない真っ白なプラモデルになってしまう。  学校に辿り着いて下駄箱に靴を入れようとした。すると、自分の下駄箱だと思っていた場所に、だれかの靴がもう入っている。 「マサオくん、ちがうよ。そこは四年生の下駄箱だよ」  ミチオが言った。僕は進級したことを忘れて、三月まで、使っていた下駄箱に靴を入れようとしていたのだ。当然、教室も変わっていた。五年生の教室は、昨年まで使っていた四年生の教室の隣である。だから、間違えて四年生の教室に入りそうになる。その朝は間違えなかったが、そのうちに失敗してしまいそうで恐かった。年下の子たちに、指をさされて笑われている様を想像すると、それだけで顔が青くなってしまう。  新しい教室にはよそよそしい真新しさがあった。教室は使われるうちに、壁が賑やかになるものだ。図工の時間に描いた絵や、習字で書いた四文字の熟語がはりつけられる。でも、初日の教室はまったくの殺風景で、丸いシンプルな時計が壁にかけられているだけだ。  教室が新しくなり、机もそれまで使っていたものではなくなる。教室に入り、僕はどこに座ればいいのかわからず戸惑った。しかしよく観察すると、みんなは、四年生のときに座っていた場所に落ちついているらしい。僕もそれにならった。机は二列ずつくっつけられている。そこに、男子と女子がペアで座らされる。この席順は、いつも学期のはじめにくじびきで決めていた。今日から新学期なので、またくじびきをやるにちがいない。  みんな騒がしかった。春休みが終わってしまったことで、僕は人生のおしまいのように感じていた。基本的に学校が嫌いだった。それで気分が暗かったけど、みんなの騒々しさをひさびさに間近で受けとめて、少し楽しくなった。これから新しい生活がはじまる。学期のはじめにいつも感じる期待めいたものが、胸にあふれていた。  担任の羽田先生がはじめて教室の扉を開けて入ってきたとき、みんなはそれまでの騒ぎをやめて、ぴたりと静かになった。あわてて自分の席に戻り、教壇に立った先生が話しはじめるのを待った。  羽田先生は若い男の人だった。細身で背が高い。声はよく通り、新しく先生になったばかりのようには見えないほど堂々としていた。 「はじめまして。先生になったばかりでよくわからないことが多いけど、これから楽しくみんなとやっていけたらいいと思っています」  黒板にしっかりとした文字で『羽田光則』と自分の名前を書き、先生は自己紹介をした。趣味は運動をすることと、キャンプへ行くことなのだそうだ。 「私は大学で、サッカーをしていました」  先生がそう言うと、男子たちの間でどよめきが起こった。僕もサッカーは好きだったけど、みんなほど熱中はしていなかったので、そのことで先生を尊敬したりはしなかった。  しかし、羽田先生がサッカーをしていたというのは実に納得できた。体つきや顔、髪型などが、まるでサッカー選手のように見えるからだ。  四年生のとき、体育で頻繁にサッカーをした。僕は少し太っていて、体育は苦手だったけど、サッカーは好きだった。例えば、体育で跳び箱をやる場合、「できない」ということがはっきりとわかる。でも、サッカーの場合、適当にボールを追いかけてそれらしく振舞っていることで、なんとなく、ゲームに参加した気がするのだ。もちろん、失敗するのは恐くて、僕のほうにボールがこなければいいのに、と思うことはあった。それでもマラソンで最下位を走るよりはましなのだ。  羽田先生は急速にクラスへなじんでいった。  最初は確かにぎこちない雰囲気はあった。羽田先生にとってははじめてクラスを受け持ったわけだし、僕たちに対してどう対応すればいいのかよくわからなかったのだろう。そしてそれは、僕たち生徒のほうも同じようなものだった。  はじめて羽田先生から教わったのは国語の授業だった。先生はまず国語の教科書をぱらぱらめくって雑談をした後、教科書の朗読をした。クラスのみんなは先生の話を黙って聞いており、羽田先生がみんなをおもしろがらせようとして言った笑い話にもほとんど無反応だった。そのため、先生は教壇で戸惑ったように時折、口籠《くちご》もった。  僕たち生徒と羽田先生との距離がせばまったのは、その次の休み時間だった。  羽田先生は職員室にいて、教室にはいなかったのだが、男子数人が教室の中でふざけてサッカーボールを蹴っていて、窓ガラスを割ってしまったのだ。みんな、これはさっそく羽田先生に怒られるにちがいないと思っていた。ガラスを割った男子たちも、それは覚悟していた。  しかし、先生は彼らを怒らなかったのだ。 「怪我がないならいい。先生も昔、よくやった」  もう教室の中でボールを蹴ってはいけないと簡単に注意しただけだった。そのことがあってから、男子生徒たちは羽田先生に対して、他の大人と違って話のわかる先生だ、という印象を抱いた。  羽田先生は一週間に二回、月曜と木曜日にプリントを配った。それは学級新聞みたいなもので、先生の考えていることや、クラスの現状などが書かれていた。『五年生タイムズ』という大きな文字が一番上にある。それが学級新聞のタイトルだ。 「今度の先生もがんばってるのね」  僕の持ち帰った『五年生タイムズ』を読みながら、お母さんはそう言った。羽田先生の書くコラムはおもしろく、家族でまわし読みしていた。  先生がある日、教室に金魚を持ってきた。教室の後ろに水槽を置いて、その中で飼うことになった。 「なんで金魚なのかな」  ミチオが水槽を眺めながらつぶやいた。 「どうして犬とか猫じゃだめなんだろうね」  僕は水槽の中でポンプが吐き出し続けている泡をうっとり眺めながら言った。金魚よりも猫のほうがずっとかわいいに決まっているのだ。 「やっぱり、うるさいからかな」 「そうか、鳴き声をあげない生き物じゃないといけないんだ」 「ピラニアとかでもいいのかな」  ミチオはそう言うと、にやり、と笑った。ピラニアという魚は肉食で人間を襲うという話だったから、なんとなく、男心に訴えかけるものがあったのだ。  僕は水槽の中でゆっくり尾びれをゆらめかせている金魚を見ながら、生き物係になれたらいいと考えていた。金魚の世話をする生き物係は、クラスのみんなに割り当てられる仕事の中でも、特に気楽なものだった。  羽田先生はみんなに人気があった。昼休みには、先生も交えて男子全員でサッカー野球をした。サッカー野球とは、サッカーボールを使用した野球のようなもので、ピッチャーはサッカーボールを転がし、バッターは足でそれを蹴る。  チームは赤組と白組に分かれていた。この組分けは、体力的なものや体の大きさで二分されたものである。組によって力の偏りが出ないようにされている。だから、クラスでサッカーなどをやるときも、赤組と白組に分かれて戦うことが多かった。  サッカー野球では、先生があまりにも強力だった。そのため、先生の交じる組は、運動のよくできる子を相手の組に渡さなくてはいけなかった。  先生の蹴ったボールはどこまでも飛んでいった。やっぱりサッカーをやっていたから、蹴るのがうまいのだ。めいっぱい後ろに下がっていた守備の頭上を越えて小さくなるボール、僕たち男子全員は、ポカンと口を開けてそれを見ることになる。先生がバッターのときは、ほとんど必ずホームランになっていた。それでも、運動のよくできる子が相手のチームに移っているので、試合はそれなりに白熱したものになるのだ。  羽田先生はすっかりクラスの男子とうちとけあっていた。先生と生徒という関係にはちがいないけど、時々、サッカー好きの男子たちと、好きな選手のことで盛り上がっている。そんな先生を見ると、まるで親友のようにクラスの中へ溶けこんでいるのだ。これまで担任になった先生たちの中でも、こんなにみんなの身近に感じられる先生ははじめてだった。  でも、僕は先生とほとんど話をしなかった。僕はサッカーについて何も知らなかったし、できる話題といったら、マンガやゲーム、プラモデルのことばかりだったからだ。そのどれも、羽田先生と接点はないように思えた。  クラスでも目立たない存在だったから、先生は僕が教室にいることすら知らないかもしれない。それに、僕は極度に先生という人たちを恐れるようにできているらしかった。  これまでの担任の先生を思い出そうとしてみるが、なかなか顔を思い出せない。記憶にないのだ。それが自分でも不思議に思う。おそらく、親しく話しかけるということが一度もできたためしはなかったから、印象に残っていないのだろう。  先生を相手に話しかけるとき、常に緊張して言葉を交わした。そもそも話しかけたら失礼に当たるのではないかと感じ、声をかけることすら稀だった。話しかけるのは、いつも何かの用事があるときだけで、それ以外のときに話しかけてはいけないという気がなぜかしていた。  だから、サッカーのことで先生と楽しく話ができるみんながうらやましかった。僕も羽田先生と仲良くなれたらいい。先生はいつも笑顔で話をして、みんなを愉快にさせるのだ。先生のまわりには、明るい輪が広がる。もしもマンガやゲームの話を僕としてくれたら、きっと楽しいだろうなと考えていた。  四月のある日、羽田先生が僕のうちに家庭訪問へきた。お母さんは、これまでよく噂にのぼっていた羽田先生の姿を見ることができるというので、前日から楽しみにしていた。僕には姉がひとりいて、中学校に通っていたのだが、その姉も羽田先生の顔を見たがっていた。僕がさんざん、羽田先生はとあるサッカー選手に似ていると吹聴《ふいちょう》していたからだ。だから、「先生が来たら写真を撮っておいて。ね、お願いだから」と姉はお母さんに頼みこんでいた。  玄関のチャイムを鳴らして、羽田先生がやってきた。 「いらっしゃいませ、先生」  玄関先で、お母さんと先生は笑顔でお辞儀しあっていた。それを見ていて、僕はなんとなく恥ずかしかった。先生とお母さんが並んでいるなんて、変な感じだった。  先生は応接間に通された。田舎であることが関係しているのか、僕の家は広いとよく人に言われる。先生も廊下を歩いている最中、「広いおうちですね」と言っていた。僕がほめられたわけではまったくないのだけど、少しうれしかった。  麦茶の入ったコップを盆に載せて、応接間のソファーに座っている先生のもとへ運んだ。これは、前日にお母さんから言われた作業である。つまりこうすることで、僕がよくしつけをされた子供であることをアピールするのだそうだ。 「マサオは学校でちゃんとしていますか?」  お母さんが先生にたずねた。僕はお母さんの隣に座り、緊張して二人の会話を聞いていた。僕はこのような空間が嫌いで、逃げ出してアニメを見たかったけど、それを実行にうつすような勇気はもちろんなかった。 「少し引っこみ思案なところもありますが、しっかり勉強できていますよ」  先生はそう答えた。僕は、あまり授業中に手を挙げて発 关于同志近三年现实表现材料材料类招标技术评分表图表与交易pdf视力表打印pdf用图表说话 pdf をしない。そのことを先生は指摘した。質問の答えがわからないわけではない。わかっていても、僕は手を挙げることができない性質なのだ。極度に目立つのを恐れた。それに、質問の答えがわかっていると自分では思いこみ、自信を持って手を挙げた結果、発表して間違っていたとする。そうなると、自信があったぶんだけ、より情けなく、失敗した自分は恥ずかしいじゃないか。僕は様々な失敗のパターンを頭に描いて、背筋に緊張の汗が伝い、手を挙げることなんてまったくできなくなるのだ。  手を挙げると、みんなの目がいっせいに僕へ集まる気がする。それは恐ろしく、まるでみんなが僕の失敗をいっせいに期待しているかのように思えるのだ。 「先生、これからもマサオをよろしくお願いします」  お母さんは丁寧に頭を下げて羽田先生を見送った。 「それじゃあね」  家の駐車場に停めていた黒い自動車に乗りこみながら、羽田先生は僕に手をふった。僕はうれしかった。先生が担任になって二週間が過ぎていたが、その中で、僕と先生が親密になったことはなかった。交わした会話は二、三言だけだった。それも、教室の騒々しい中で、みんなとの会話のついでに交わしたような言葉だった。でも、先生が僕にふってくれた手は、それらとは種類がちがっていて、親しみのある仕草だった。僕は先生の運転する自動車が遠くなっていくのを見ながら、無事に家庭訪問がすんだことに安堵《あんど》していた。 「先生、良い人でよかったわね」  お母さんがその日の夕食のとき、僕に言った。 「えー! 私も見たかった! どんな人だったの? 格好良かった?」  姉がお母さんにつめよる。今、人気のある芸能人に似ているとお母さんが説明すると、姉はいっそう声を大きくして悔しがっていた。 「今度、ノブの先生もうちにいらっしゃるから、そのときはあんたがお茶を運びなさい。だったら先生の顔、見られるでしょう」  僕は五人家族で、両親のほかに、姉と弟がいた。弟のノブは小学三年生で、ぼくよりも二つ年下である。  ノブは僕とちがって活発で足も速かった。兄弟でこれほどちがうのも珍しいかもしれない。ノブが先日の誕生日、お母さんにねだったのは、野球のグローブだった。その選択は、運動全般が嫌いな僕には理解できなかった。 「だってノブの先生、女じゃんよ!」  姉はほとんど悲鳴のような声をあげた。 [#ここから10字下げ] 2 [#ここで字下げ終わり]  僕のクラスでは、「○○係」というように、生徒はそれぞれ何かの仕事をしなくてはならない。例えば給食係だったら、給食を食べはじめるとき、教室の前に立ってその日の献立を読み上げなくてはならない。そして「みなさん手を合わせてください。いただきます」と言わなくてはならないのだ。それを合図にみんなは給食を食べはじめる。これが体育係だったら、体育のはじまる前に、授業で使用するマットやボールを取り出して用意しておかなくてはいけない。その後、みんなで準備体操をするのだが、その際に全員の前に立って体操の音頭をとらなくてはならない。  これらは普通、学期のはじめに割り当てられて、次の学期がはじまるまで変更されない。だからもしも気に入らない係になってしまったら、その学期の間中、ずっといやな仕事をしなくてはいけない。みんな、この係決めには真剣になる。  家庭訪問が終わった週の木曜日、ホームルームの時間に、僕のクラスでは係決めが行なわれた。 「新聞係になりたい人は手を挙げて」  羽田先生がそう言うと、教室で数人が手を挙げる。新聞係は、学級新聞のようなものを作って発行しなくてはならない。それは羽田先生の出している『五年生タイムズ』とは別に、生徒の視点から記事を書いたプリントになる。  係は全部で九個ほどあった。ひとつの係は、三、四人から成り立っている。  人気のある係は、多くの生徒が手を挙げる。やっぱり偏りが出てしまうものなのだ。でも、希望者全員をその係にすることはできない。もしもそうしていたら、人気のない係になる人がおらず、クラス運営の様々なことが機能しなくなる。 「生き物係になりたい人は手を挙げて」  先生が言うと、六人の手が挙がった。そのうちのひとりは僕だ。生き物係は、金魚に餌をあげるだけである。僕はぜひ生き物係になりたいと思っていた。  例えば給食係や体育係だったら、みんなの前に出なくてはならない。僕はそれを避けたかった。目立つということを極力避けていたい。みんなの視線にさらされるのが恥ずかしい。何か失敗をしたら、すぐにばれてしまうし、笑われてしまうだろう。それが恐いから、生き物係になることを希望していた。  生き物係は、毎日、決められた時刻に金魚へ餌をあげて、二週間に一度、水槽の掃除を行なうだけでいい。みんなの目に見えない、完全に裏方の仕事なので、ひっそりと仕事をすることができる。  生き物係は、定員が三人から四人だった。本当は三人なのだが、他の係との定員の都合で、補欠でひとり、特別に生き物係になれるかもしれないらしい。 「じゃんけんで決めるというのは好きじゃないので、明後日までに話し合ってだれが生き物係になるかを決めておきなさい。生き物係になった人は、先生に教えにきてください」  先生はそう言った。  生き物係を希望していたのは、僕、井上くん、牛島くん、江口さん、木津さん、古田さんの六人だった。男子が三人、女子が三人だ。女子三人はいつも行動をいっしょにしているグループだった。井上くんと牛島くんはサッカーでいつも組んで先頭でボールを蹴るほど仲がいい。  その日の夕方、話し合いはどうなるのだろうと思いながら、だれも僕に声をかけてこなかったので、そのまま何もせずに家へ帰った。生き物係を決定する会議は明日するのだろうと考えた。  家までの道すがら、僕はミチオと並んで歩きながら、コロコロコミックの話をしていた。コロコロコミックというのは、毎月十五日に発売されるマンガ雑誌のことで、男子の間で絶大な支持を集めていた。『ドラえもん』や『おぼっちゃまくん』などの人気のマンガが連載されているし、いつも僕たちの間で流行するおもちゃは、必ずコロコロコミックが発信元だった。ビックリマンシールやミニ四駆、ゾイドといったものは、その雑誌で知ったのだ。 「マサオくん、今月号のコロコロ、読ませてよ」  ミチオが、たんぼに沿って通っている水路の細い足場を、器用にバランスをとって歩きながら言った。僕たちはコロコロコミックのことを、略して『コロコロ』と呼んでいた。  通学路の途中、一面にたんぼの広がっている場所がある。見はらしが良くて、ただ遠くに山の連なりが壁のようにそそり立っているだけである。曇りの日、山は表面を覆う木々のためにはっきりとした緑色に見えるが、空が青いと、それがにじんだように山も青く見える。その日、天気は良かったので、山は薄い青色のフィルターを通したように見えた。たんぼには水が張ってあった。稲がいつごろ植えられるかなどということに僕はまったく興味がなく、田植えの季節がいつなのかさえ知らない。でも、水を張られたたんぼは、視界いっぱい空へ向けて鏡が広がっているように見えて好きだ。 「ねえ、たしか、去年の今ごろ、『大長編ドラえもん』の連載がはじまってなかった?」  僕がたずねると、ミチオはうなずいた。僕は記憶力が低下してしまったのか、去年のこともろくに覚えていないから、彼が同意するまで自信がなかった。『ドラえもん』の連載は、普通、一話完結の物語だった。でも、一年のうち、数ヶ月間だけ、映画版の『大長編ドラえもん』がつづきものとしてコロコロに連載されていた。 「それが、今年はまだなんだよ。去年なら、もう大長編の連載がはじまっているはずなのにさ」  もしかして今年は映画版のドラえもんはないのだろうかと心配していた。 「今年はマンガにしないで、いきなり映画を公開するんじゃないの?」 「そうかなあ」  僕はつぶやきながら、肩の上でずれかかったランドセルの位置を直した。 「あ、見てよ、これ」  ミチオが水路の縁に立って、水の張られたたんぼの中を覗きこんでいる。僕も同じ格好をして、彼の視線の先に目を向けた。  たんぼの中は泥と水しかない。ただし、濁った泥水ではないのだ。下のほうに泥が沈殿し、水そのものはまったくの透明なのである。  ふと、水の底でわずかに何かが動いた。よく見ると、指先ほどのほんの小さな生き物がいた。それは半透明で、水底の泥と見分けがつきにくかった。節のある体と、小さな足。エビのようである。それは僕たちがカブトエビと呼んでいる生物だった。  カブトガニという生き物がいるらしいけど、それとは違う。カブトガニは天然記念物で貴重な存在だと、国語の教科書に載っていた読み物で読んだ記憶がある。でも、カブトエビはたんぼの中に目を凝らすと、時々、見ることができた。天然記念物などというものとはほど遠い、身近な、しかし正体のよくわからない生物だった。実際、僕たちはカブトエビと呼んでいるけれど、それが正式な名前かどうかはよくわからなかった。  ミチオが手をのばして、たんぼの水に人差し指を入れた。カブトエビがびっくりして逃げ惑う。ミチオの指先は、水底の泥にずぶずぶと沈んだ。沈殿していたやわらかい泥が煙のように舞い上がり、表面の透明な水に広がっていく。  僕は漠然と考えていた。もしも生き物係になれたら、金魚のほかに、何か飼うことを提案してみよう。カブトエビなんかいいんじゃないかと思う。知名度のある生物は飼っても楽しくない。カブトエビくらいの意外性のある生物がおもしろいんじゃないかと思った。  このアイデアを先生が聞いたら、どう思うだろう。おもしろいと思ってくれるだろうか。もしそうだったら、本当にうれしい。  次の日、僕は生き物係になることができた。  二限目の授業が終わった後で、羽田先生が僕に話しかけてきたのだ。僕は先生とあまり言葉を交わしたことがなかったので、話しかけられると、少し緊張した。 「マサオくんは生き物係なの?」  羽田先生の話によると、朝に井上くんと牛島くんが、生き物係を辞退するという旨を先生に伝えたそうだ。もしもこのまま生き物係を希望していたら、他の定員割れしている係へ強制的に入れられかねない。しかもそれがいやな係かもしれないのだ。それを見越して早々に自ら辞退し、他の空いている係を選んだほうがいいと判断したにちがいない。  僕はそう考えた。実際に聞いて確かめたわけじゃない。でも、井上くんと牛島くんはクラスでも活発な子で、僕とはあまり話をしない種類の人たちだった。だから、話しかけて理由を聞くのが、僕にはひどく億劫《おっくう》なことだった。僕の学校にはクラス分けというのがなかったため、二人とは入学したときから同じクラスで付き合っている。だから気軽に話しかけられるはずじゃないかというと、決してそういうわけではないのだ。二人に話しかけることは緊張する行為だった。  とにかく、生き物係を希望しているのは残り四人である。生き物係の定員は、本来、三人までだ。でも補欠でひとりだけ入れるという話がある。だから、僕は言った。 「僕は生き物係です」  先生はそれを聞くと、「うん、わかった」とうなずいて教室を出ていった。  次の日、学校に来た僕は、何かが微妙におかしいことに気づいた。いつもとちがう、教室に含まれる居心地の悪い空気。最初は気のせいかと思ったけど、時間がたつにつれて、それは確信に変わっていった。  教室の中にどこか白々しい気配があって、それは全部、みんなの僕に向ける視線が原因だった。  なぜかはわからないけど、みんなが僕を見ているのだ。僕が振りかえって、そうであることを確認しようとすると、みんなは目をそらして、近くの子と話をしはじめる。僕が顔を正面に向けると、今度はちらちらと僕のほうを見る。僕の目は頭の後ろにはついておらず、自分の背中側を見ることはできなかったけど、みんなそうしているのがなんとなくわかるのだ。みんなの視線は、どこか軽蔑するようなものだった。  僕は不安になった。みんな、どうしてしまったのだろう。みんなの視線はほとんど熱を持っているように肌で感じられ、そのままその部分が焼けてただれてしまいそうな気がした。僕の心はすっかり混乱して、どうすればいいのかわからなかった。  僕は、隣の席の二ノ宮という女子にたずねた。 「なんだかみんなの様子がおかしいんだけど、どうしたんだろう?」  一学期のはじめの席替えで彼女と隣り合ったとき、僕は少しうれしかった。二ノ宮は人当たりが良くて、なんとなく男子の僕でも話がしやすかったからだ。女子だけど、毎月、コロコロコミックを買っていて、漫画の話に付き合ってくれる。女子の中でコロコロを読んでいるのは彼女だけだった。 「さあ、わかんない」  二ノ宮は首をひねった。 「マサオくん、何かしたんじゃないの?」 「そんなはずないけど……」  僕たちが話をしていると、他の女子が二ノ宮に手招きした。彼女は立ち上がり、その子のもとへ向う。  二ノ宮を手招きした女子がちらちらと険悪な表情で僕を見ながら、何かを二ノ宮に耳打ちした。僕は机についたままその様を見ていて、何か悪いことが知らない間に進行しているような気がしてならなかった。 「……何の話したの?」  戻ってきた二ノ宮に僕はたずねた。 「別に」  彼女はそっけなく言うと、会話を打ち切った。  朝のホームルームが終わるとき、職員室へ帰ろうとする羽田先生が僕の机に近づいてきて言った。 「後で職員室の私のところに来なさい」  少し険しい表情だったので、僕は緊張した。  職員室へ行き、羽田先生の机を探す。先生の机は職員室の入り口に近いところにあった。  机の上には、生徒のものとちがって赤い文字で様々な注釈のついた先生用の教科書が開いて置かれていた。そのわきに、鉛筆削りや、スケジュール表、湯飲みなどがある。  羽田先生は僕がたずねてきたのを見ると、眉間《みけん》にしわを寄せた。 「嘘をつくんじゃない。きみは生き物係ではないそうじゃないか」  突然、そう言われて、僕は混乱した。でも、とにかく先生が恐くて、何も言えなかった。僕は立ったまま、先生の話のつづきを待った。ふと気づくと、僕は両手の指どうしをからませて意味もなく動かしていた。  先生は、生き物係を希望していた女子三人から、僕が汚いことをしたのだと聞かされたそうだ。その結果、先生は僕を生き物係から、定員割れしている体育係に変更した。  体育係になってしまったこともショックだったけど、それ以上に、どこかで誤解があるように思えた。僕が行なった汚いこととは何だろう。僕は具体的に先生へたずねないといけなかった。でも、うまく言えなかった。先生はすっかり僕が汚いことをする人間だと決め付けていて、話を聞かず一方的に怒っていた。  何も言えないまま職員室を出て、なぜこうなってしまったのかを考えてみた。それでも、やはりわからない。教室に戻る前、廊下でミチオと出くわした。彼は肩をすくめながら、教室でささやかれている僕の話を聞かせてくれた。そこではじめて、僕がどのような状況にいるのかを知った。  ミチオが言うには、僕の知らないうちに、生き物係を決定する話し合いは行なわれたらしい。僕はそれに参加しなかったので、「生き物係になる資格はない」とみんなで決定していたのだそうだ。そして長い話し合いが五人で行なわれた結果、男子二人が、不本意だけど渋々辞退したのだそうだ。  だから、話し合いに参加していない僕が生き物係になったことが、みんなには納得できないのだそうだ。補欠で生き物係になったとしても、辞退した二人の男子にとっては、僕がずるをしたように感じられるらしい。  話し合いに呼ばれていないのだから、自分が生き物係になれると勘違いしてもしかたないじゃないか……。そのことをみんなに言いたかった。僕は悪気があってそうしたわけじゃないし、どうしても生き物係になりたくてずるをしたのでもない。でも、弁解するために僕が声をかけると、みんなはいやそうな顔をして遠ざかり、聞かないふりをするのだ。  僕は、自分が透明人間になったような気がした。  ミチオは言った。 「マサオだって悪いんだよ。話し合いがあるのかどうか、みんなに聞いてから家に帰ればよかったんだ」  僕には、それができなかった。女子三人には話しかけたこともなかったし、男子二人はクラスの中心的な人でいつもみんなに囲まれていた。だから、声をかけづらかった。僕は、だれかに声をかけるとき、不安で、恐かった。話をする人なんて、本当に親しい一部の子だけだった。  誤解だということをみんなに伝えたかったけど、だれも僕の話を聞いてくれる人はいなかった。それに、どうやってみんなに話しかければいいのかもわからなかった。だから、僕にはどうすることもできなかった。 [#ここから10字下げ] 3 [#ここで字下げ終わり]  羽田先生の評判はよかった。クラスの中で、悪く言う子などいなかった。羽田先生は若くて格好いいので、それだけで、他のクラスの子からもうらやましがられることがあり、そうなるとみんな誇らしく思うのだ。  また、先生自身も、クラスの統率がなかなかうまくとれていることに満足しているようだった。あるとき、僕は、教頭先生と羽田先生が職員室前の廊下で立ち話しているのを聞いたのだ。 「羽田先生、子供たちから好かれているみたいですよ」  教頭先生は微笑を浮かべて言った。羽田先生はそれを聞くと、うれしそうにうなずいた。 「いえ、まだひと月です。これからですよ」  担任が羽田先生で良かったと、クラス全員が思っているようだった。おもしろいし、サッカーもできる。信頼できる船長のようだった。羽田先生がクラスの針路を宣言すれば、僕たちはみんな安心してそれに従う。  これまで、なかなか先生の言葉を聞かない粗野な子がいた。小さな子をつまずかせて泣かせているような子だった。そんなやつさえ、羽田先生の言うことには素直に従っていた。すっかり兄貴分を見るような目で、羽田先生とうちとけているのだ。  しかし、時間が経過するにつれて不満というのはでてきてしまう。ゴールデンウィークが終わったころ、少しずつ、否定的な意見も聞こえるようになっていった。  算数の時間のことである。先生は黒板に数字の列とグラフを書いて、一生懸命に教えていた。しかし、みんなは勉強が嫌いだった。やがてチャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。みんなの顔がいっせいに明るくなった。  しかし、先生は授業をやめなかった。 「みんなが真面目に聞いていなかったので、もう少しだけ、授業をつづけます。今、習っているところは本当に重要なところだから」  みんなはそのことで不満をもらした。先生は教室のあちこちから聞こえてくる不満を聞いて、それが意外なことであるかのように驚いていた。  また別の日、先生は国語の教科書を全員に朗読させていた。みんながいっせいに読むのではない。ひとりずつ立ちあがり、一段落ごとに交代しながら読み上げるのだ。座っている座席順にその仕事はまわってくる。順番が近づくにつれて僕は不安になり、自分の読み上げる部分ができるだけ短い段落ならいいのにと願うのだ。  宮沢賢治の書いた物語を朗読中、クラスのある女子が、後ろの席の子に顔を向けて話をしていた。それを発見した先生が、突然に叫んだ。 「ちゃんと聞きなさい!」  爆弾が投下されたような大声だった。朗読していた子も驚いて黙りこみ、教室が水を打ったように静まりかえった。  少しの後、叱られた女の子が泣き出した。授業の後、先生はひどいとみんなが言い出した。  先生が抜き打ちテストをしたこともある。それだけじゃない。点数がひどかった子の家に、その夜、電話をしたらしいのだ。それがみんなの間で話題になった。 「こうでもしないと、みんな、勉強をしないじゃないか。先生は、みんなのためを思ってこうしているんです」  授業中、先生はそう言った。なぜみんなわかってくれないのかと、嘆いている様子だった。  みんなの間で少しずつ、羽田先生の評判が落ちてきた。  係決めの一件以来、僕は学校へ行くのがいやでしかたなかった。朝、登校するときは足が重く、引きずるようにして歩かなければいけなかった。学校へ行っても、だれも話をしてくれなかったからだ。いや、話はしてくれたけど、僕はどこかよそよそしく扱われていた。  誤解があったことを説明できていなかった。ミチオにだけはこういうことだったんだと話しておいたけど、クラス全員にひとりずつ同じように話をするわけにもいかない。そもそも、みんな、僕の話なんて聞きたくなさそうにしていた。僕が声をかけても、話を早く打ち切りたいとみんなが思っているような気がした。それははっきりとした意思の表示があったわけではない。ただ、視線や仕草などから、そう感じるのだ。  僕が話をしはじめると、途端にみんな、目を別の場所に向けたり、話題をすぐにそらせたりする。そうなると僕は悲しくなり、口をつぐんで、もう話ができなくなる。何もかもが不安になり、僕は教室から逃げ出してしまいたくなる。でも、そうしてしまうと、決定的に問題が大きくなってしまいそうで恐い。これはいじめなどといった大変なことではなく、ちょっとした、天気の崩れのようなものなのだ。それなのに、話を大きくして先生がホームルームなどでこのことについてみんなに意見を求めたならば、恥ずかしい上に、まるで僕がいじめられっ子のようだ。だから、僕はただなんとも思っていないという素振りをしてみんなと付き合わなくてはいけなかった。  そんな状況にある僕のことを、ミチオは気づいていた。けれど、彼はそれまで通り普通に僕と接していた。  羽田先生が僕のことを嫌いなんじゃないかという気はしていた。僕を見ると、少しいやそうな顔をした。話をしている間は笑顔なのだが、話が終わると、ふっと無表情になる。それはほんの一瞬で、気のせいかもしれないと最初は思った。でも、時間が経過して、家で蒲団に包《くる》まって眠ろうとする瞬間に、先生のその表情が頭の中に浮かんできて、全身に汗をかいてしまう。確かに先生は、他の子に向けるような笑顔とは別の表情で僕を見たのだ。  掃除の時間や授業中、先生の視線を感じた。僕がそちらを見ると、先生はすぐに目をそらす。他の生徒に笑いかけるのだ。  僕が係決めのときに不正を行なったのだという誤解が依然としてあるのだ。だから羽田先生は、僕を問題のある生徒と認識しているのだ。僕はみんなのように活発でもなく、運動もできなかった。先生と親しく話をしたこともなかった。だから、先生は、僕がどんな子供なのかを知らないのだ。  係決めのことは事故であり、悪気はなかったのだ。本当の僕は悪いことなんかしない子供なのだ。そう訴えて、僕のことを信じてほしかった。  でも、先生を前にすると、緊張して何も言えなくなるのだ。  最初は本当に些細《ささい》なことだった。  ホームルームの時間、先生が学級新聞のプリントを配り始めたが、一枚たりなかった。そこで、羽田先生は僕の持っていたプリントを取り上げると、もらえなかった子にそれを渡した。 「マサオくんは、だれかのを写させてもらいなさい」  そう先生は言った。  まわりは騒がしかったから、だれも先生のそんな行動を気に留めなかった。  僕も、それはおかしいことだとは、最初のうち思わなかった。なぜ、先生がわざわざ僕のプリントを取り上げたのかわからない。でも、とにかくそうなったのには理由があるのだと、そのときは考えた。  他にも、そういうことはあった。  僕のクラスでは、席のある場所によって、六つの班に分けられている。その班ごとに、給食の用意をしたり、掃除の時間になると各場所で掃除を行なったりするのだ。  掃除の時間、先生はなぜか僕を見張っている気がした。みんなはさぼったり、遊んだりしていても先生に注意されない。でも僕だけはなぜか注意を受けた。 「マサオくん、ゴミを捨ててきなさい」  と言われた。 「マサオくん、そこにゴミが落ちているじゃない、ちゃんと掃除をしなさい」  とも言われた。  叱られることが多くなった。それがどうしてなのかわからなかった。気のせいだと思いたかったが、日を追うごとに、それは確信に変わっていった。  不安だった。先生は怒鳴り声をあげて僕を怒るわけじゃなかったけど、恐かった。羽田先生は僕が何か失敗するのを待ち構えており、ついに僕がちょっとしたミスをした瞬間、ほら見たことかとそこをつつくのである。  そして、先生に注意をされるたびに、みんなが僕を笑っている気がした。僕は恥ずかしくなって、顔をうつむけた。  僕の失敗を先生は教室で笑い話にしてみんなに披露した。授業の前やホームルームで、お話のようにみんなへ聞かせた。ちょっと大げさに話すこともあった。僕がバケツにつまずいて転んだことや、体育の時間にボールにあたって変な顔をしたことをユーモア混じりにみんなへ披露する。教室が笑い声に包まれ、楽しい雰囲気になる。僕は机に座って、じっと恥ずかしさに耐えていた。  不思議なことに、そうなることでみんなの抱いていた先生への不満は消えた。先生が毎日、僕の行なった失敗ばかりを話して聞かせるから、先生がだれかを叱ったとしても、僕ほどのだめな子はいないとみんなは考えるようになっていた。  クラスのだれかがいけないことをしても、先生は、かわりに僕を叱ることもあった。なぜそうなるのかはよくわからない。でも、先生が間違ったことをするわけがないのである。ここでの「先生」というのは、羽田先生のことだけではなくて、「先生」という大人の人たち全部を指して僕はそう思っていたのだ。先生はいつも正しくて、間違っているのは必ず生徒なんだ。これは絶対的な確信として僕たち子供の中にあらかじめあった。  間違っている人間と、それを指摘する人間がそれぞれいて、「生徒」と「先生」という言葉は後からその二種類の人間に名づけられたに違いない。だから、「先生」が間違っている側の人間であるはずがないんだ。 「マサオくん、後で職員室に来て。聞きたいことがあるから」  ある日、授業が終わって、先生が僕に言った。  僕のクラスには、下級生に石をぶつけて遊んでいた男子がいた。秋永という名前の、体が大きな子だった。乱暴なところがあり、僕は彼が苦手だった。その日の前日、秋永くんに石をぶつけられた生徒が自分の担任の先生にそのことを訴えたのである。  職員室で、僕は先生に聞かれた。 「秋永くんが下級生に石を投げつけていたという話を聞いたけど、本当かい?」  僕は羽田先生が恐くて、話しかけられたとき、緊張して体が強張っていた。でも、先生の問いかけには、できるだけ正直に答えようと思っていた。 「……はい」  そう答えると、先生は眉間にしわをよせた。 「マサオくんは、秋永くんがそういったことをしているのを、黙って見過ごしていたの?」  それから僕は、秋永くんに注意もせずただ傍観していただけという罪について長い時間、話を聞かされた。いじめが行なわれているのに、そばで見過ごしているだけでいるのは、いじめを行なっているのと同じくらい卑怯な行為で、僕はまさにそれをしてしまったのだと羽田先生は言った。僕は本当に申訳なくて泣きそうだった。先生の前で「きをつけ」をさせられて、長い間、顔から吹き出た汗を拭うこともゆるされなかった。羽田先生の口調は激しいものではなく、穏やかな注意にとどまったが、僕を見る目には、どこか動物を観察するような冷静なものがあって、それが恐ろしかった。 「また叱られたのか?」  教室に戻ってきた僕を見て、ミチオが言った。  秋永くんのことを知っているのは僕だけではなかったし、秋永くん本人はかんたんな注意を受けただけだった。そのことを、僕は後で知らされた。  授業が長引いたのも、先生は僕のせいにした。 「マサオくんがあくびをしたので、あと十分間、延長ね」  宿題を出すときも、僕の名前を使った。 「マサオくんがこの前の宿題をしてこなかったので、今日も算数のドリルを宿題にします」  先生に不満を抱くものはいなくなった。勉強しなくてはいけないのが、すべて僕のせいだとみんなは考えるようになった。僕さえあくびをしなかったら、あるいは宿題をしてきていれば、勉強せずにすんだのだ。みんなははっきりと僕に言わなかったけど、そういう気持ちでいるのがわかった。  そうなるたびに、僕は戸惑った。僕のせいでみんなが苦労するのは申訳なかったし、そうやってみんなに嫌われていくのが恐かった。話しかけると、それなりにあいさつを交わしてくれる。でも、それがまったく表面だけのもので、本当は、僕に話しかけられた相手は迷惑に思っているんじゃないかという考えがあった。だから僕が友達に話しかけることも稀になっていった。僕は教室の中ですっかり分離していた。それはまるでたんぼの中の水と泥のようだった。笑い声のあふれる教室の中にいながら、じっと自分の机についてだまっている僕は、決してみんなに交じり合っているとはいえなかった。そんなとき、周囲の視線が細い針のように尖《とが》り、僕の体を貫くようだった。ひどく居心地が悪くて、僕は教室の中にいたらいけないのではないかといつも思うのだ。  僕は、もう先生に何かを言われないように、必死で宿題をやった。あくびもがまんした。先生の前では姿勢をよくして静かにした。緊張していつも恐かった。でも、僕が失敗しなければ、先生に怒られないと思っていた。みんなに嫌われたくなかった。  でも、だめだった。宿題をやってきても、先生は、いろいろなことを指摘して僕を叱った。例えば、字が汚いとか、答えが間違っているといったことだ。  算数のドリルが宿題だったときのことだ。先生は僕の解答を見て、顔をしかめた。僕はその日の宿題については、家に帰って何時間も頭をひねったし、何度も繰り返し見なおして間違いがないかを確認したから、自信があった。それなのに、先生がそういう表情をしたことで不安になった。 「マサオくん、この問題、だれか他の人に解いてもらったでしょう。それとも、解答を見て解いたでしょう」  ちがいます、自分でやりました。僕はそう弁解した。羽田先生は信じてくれなかった。その結果、僕は嘘をついたということで、多くの宿題がみんなに与えられた。 「またマサオくんのせいで宿題が出た」  みんなは口々に言った。本気で怒っている人もいれば、すべては先生の軽い冗談
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