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彭瑾_日本语の自-他动词を学习する际の落とし穴

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彭瑾_日本语の自-他动词を学习する际の落とし穴彭瑾_日本语の自-他动词を学习する际の落とし穴 日本語の自?他動詞を学習する際の落とし穴 ——中国人中級学習者の場合—— 彭 瑾 一 中級学習者の自?他動詞の把握状態 「日本語の自他動詞の使い分けが非常に難しい」、これは中国人学習者の共通した悩みでもある。「本が大きくて、なかなかかばんに入れられない」「階段で滑って腰が打たれた」といったような誤用がしばしば見られる。そのような誤用が出た原因はいったいどこにあるのか、そしてそれを防ぐにはどんな工夫が必要なのか、それを明らかにする 1ために、小論はよく見られた...

彭瑾_日本语の自-他动词を学习する际の落とし穴
彭瑾_日本语の自-他动词を学习する际の落とし穴 日本語の自?他動詞を学習する際の落とし穴 ——中国人中級学習者の場合—— 彭 瑾 一 中級学習者の自?他動詞の把握状態 「日本語の自他動詞の使い分けが非常に難しい」、これは中国人学習者の共通した悩みでもある。「本が大きくて、なかなかかばんに入れられない」「階段で滑って腰が打たれた」といったような誤用がしばしば見られる。そのような誤用が出た原因はいったいどこにあるのか、そしてそれを防ぐにはどんな工夫が必要なのか、それを明らかにする 1ために、小論はよく見られた学生の誤用例をまとめて、中級学習者76人を対象にア 2ンケート調査を行った。その結果、次のような数字が得られた。 70 60 50 40系列1 系列230 20 10 0 12345678 ? 自?他がペアをなす動詞 ,?, 味噌汁,Aが冷めた Bを冷ました,ので、,A温め B温まり,ましょう。 , ビールはやはり,A冷やして B冷えて,から飲んだほうがおいしい。 76人のうち、「味噌汁を冷ました」と答えたのは38人、ちょうど半分に当たり,「温まりしょう」と答えたのは19人で、全体の25,を占めた。そして「ビールは冷えてから」と答えたのは41人で、53,もあった。 ? 自?他動詞と「ている」「てある」 , 黒板に,A書いてある B書いている,ものをノートに写してください。 Aと答えた人は63名で、かなり正解率の高い例である。 ? 自?他動詞と使役 , 食事,Aを済ませて Bが済んで,から出かけた。 Aと答えたのは39人で、51,を占めた。「済むが自動詞だから、がをとるべきだ」とほとんどの学生がそう言っていた。 ? 自?他動詞と受身 1調査は日本語専攻の在学二年生を対象に行われた。 2系列,がAと答えた人数、系列,はBと答えた人数。 245 , 階段で転んで腰,Aを打って Bが打たれて,しまった。 Bと答えたのは56人で、74,を占め、圧倒的に多かった。「体の一部がいじられたから、迷惑受身だ」と自信ありげに答えてくれた。 ? 自?他動詞と可能文 ; 辞書が大きくて、鞄に,A入らない B入れられない ,。 Bと答えたのは55人、72,を占め、その理由は中国語で言えば「因为包太小了,所以不能放进去」となるので、動詞の可能形にしたと答えてくれた。 ? 無意志的な行為を表す他動詞 , あの人は戦争で子供,Aを亡くした Bが亡くなった,。 Bと答えたのは49人で、64,を占めた。「なくしたは意志的な動作を表す他動詞だから、使えるわけがない」との理由からそう選んだらしい。 二 自?他動詞を学習する際の落とし穴 上記のグラフをもとに 分析 定性数据统计分析pdf销售业绩分析模板建筑结构震害分析销售进度分析表京东商城竞争战略分析 してみよう。例,と例,は正解率がかなり高い。文末の意志を表す「ましょう」と存続を表す補助動詞「ある」が学習者にヒントを与えるため、判断しやすかったと思われる。例,、,、,は半分ぐらいの正解率で、はっきりとしたヒントがない場合、自他動詞を正確に使い分けられない学生がかなりいることが分かった。例,、;、,はいずれも正解率が低く、学習者の間に何か共通する認識上の食い違い、つまり中国人学習者にとって、落とし穴というものがあるのではないかと思われる。次はそれについて探ってみたい。 ? 文レベルで構造的に動詞を選択すること 例文,?,?,をもう一度次のように整理しよう。 , ?味噌汁が冷めたので、,私が,温めましょう。 ×味噌汁を冷ましたので、温まりましょう。 , ?やはりビールは冷やしてから飲んだほうがおいしい。 ×やはりビールが冷えてから飲んだほうがおいしい。 , ?食事を済ませてから出かけました。 ×食事が済んでから出かけました。 ここでは他動詞をとるべきなのに、半分近くの学習者が自動詞を取ってしまい、あるいは逆の場合もある。それは自動詞には助詞「が」を伴い,「N,が,自動詞」,、他動詞には助詞「を」を伴う,「N,を,他動詞」,という助詞のとり方が見過ごされていて、日本語自他動詞の根本的な違いは「主体の意志の有無ではなく、働きかけの対象の有無にある」3という点が無視されているために、そういう誤用が出たと思われる。 また、日本語では二つ以上の事柄を並列するときは、動作の主体は同一なのに、一方が他動詞,意志的な,表現を用いながら、他方は自動詞,非意志的な,表現を用いるという動詞の誤用も多く見られる。たとえば、 ×なべに水が入って、火にかけます。 ×信号を青にしましたから、渡りましょう。 上述した動詞の誤用を避けるには文レベルで構造的に文の意味を把握し、動詞を選択する必要があると思われる。 ? 他動詞は非意志的に起こる行為にも用いられる これまで中国で出版されてきた日本語の教科書では「他動詞は動作主体に働きかける意 3新屋映子等『日本語教科書の落とし穴』P95 246 志的な行為である」と強調している。したがって、学習者の間では、他動詞は意志的で、自詞は非意志的だと思い込んでいる人が少なくないらしい。しかし、実際一部の他動詞は非意志的な行為にも使われる。。例,を見てみよう。 , ?あの人は戦争で子供を亡くした。 ×あの人は戦争で子供が亡くなった。 ?あの人の子供が戦争でなくなった。 「亡くす」が他動詞だから、ここではあの人がわざと何かをして「子供を死なせた」というふうに理解する学習者がかなりいるが、実際「子供を亡くした」という表現には「あの人」は直接に動作を引き起こしたわけではなく、つまり、「亡くした」という動詞には意志が働かない、行為も加えないところで実態が成立したという意味が含まれている。こ 4で、つまりあの人は子供が亡くなったことこの「あの人」はいわゆる「被害的経験者」 で、心理的被害を受けたという意味として使われている。同じようなことは次の例にも言える。 ?昨日,私は,うっかりして財布を落とした。 ×昨日うっかりして財布が落ちた。 ?昨日財布が落ちた。 この場合、「落とす」には意志は働いていないが、動作主の過失や失敗でマイナス的な結果をもたらすという意味として使われたと思う。つまり「財布を落としたのに気づいていなかった」という動作主自身が責任を感じた意味が含まれる表現になっている。 他動詞文と自動詞文の違いは、「行為者に視点を置くか、物事、事柄に視点を置くか」注,にある。つまり、自動詞的表現はその物事、事態に注目をするのに対して、他動詞的表現はその物事、事態を起こした人物に焦点を当てる。したがって、意志性がなくても他動詞を用いることができる。その場合、動作主の心理的要素の表現,たとえば残念、自責、後悔など,に重点が置かれていると考えられる。 ? 動作主が自分の体に障害をもたらす場合、受身にせず他動詞をとること。 例,を見てみよう。 , ?階段で転んで腰を打ってしまった。 ×階段で転んで腰が打たれた。 ?私はあの人に腰を打たれた。 「打つ」という他動詞は「タイプを打つ」、「注射を打つ」といったような意志的な行為に使われるとともに、「腰を打つ」のような非意志的な行為にも使われる。「腰を打った」という表現には不注意で階段で転んだ「主体」に焦点を当てて、自分の無神経でとんでもない事態を起こしたという後悔の意が働いていると思われる。 一方、中国人の言語習慣では、自分の体の一部に障害をもたらす場合、被害を受けたと考えがちである。したがって、日本語で表現すると、迷惑の受身,あるいは被害受身,を取る学習者が多いのも理解できないものではない。しかし、日本語では受身の場合、普通誰がその行為をするし、誰がその結果を受けるのかはっきりさせる必要がある。つまり、「誰に」「何に」という具体性が受身表現のポイントであることを学習者に理解してもらう必要がある。「階段で転んで腰を打った」のはほかの誰でもなく、自分の不注意でそういう結果になったわけだから、「階段で転んで腰が打たれた」という受身表現は成り立たないのである。「私はあの人に腰を打たれた」なら、迷惑の受身として成り立つのである。 4彭飛『外国人を悩ませる 日本人の言語習慣に関する研究』P.98 247 ? 自動詞で表現すべきところを他動詞の可能形にしないこと 例;を見てみよう。 ; ?辞書が大きくて、鞄に入らない。 ×辞書が大きくて、かばんに入れられない。 中国人学習者は「本が入らない」「窓が開かない」といったような自動詞の否定がな かなか作れなくて、そのかわりに「本が入れられない」「窓が開けられない」といったよ ような他動詞の可能形を使う傾向がある。それも中国語の言語習慣に影響される誤用だと思われる。 日本語では可能形の場合、「?能力と?状況のほかに、特性?体質、ものの状態、、許可? 5という五種類の用法があるが、「能力、特性?体質」を表す場合、文の主体,主語,規則」 は人や動物、つまり有性物でなければならない。「物の状態」は物を主語に立てることができるが、その場合その物事の属性を表す表現となる。たとえば「この魚は生でも食べられる。」「この部屋は後ろのドアが開けられません。」などである。つまり、時間の制限を受けず、ずっとその状態にあるという意味を表す。しかし、例文の「本が大きくて、かばんに入れられない」は明らかに上述の「ものの状態」として用いられるのではない。したがって、ここでは他動詞の可能形ではなく、自動詞の否定の形を取るべきである。 三 落とし穴をなくすために注意すべき点 ? 日本語の動詞の形態と意味をしっかりおさえること 中国語に比べて、日本語の動詞には形から見て自他がペアをなす動詞がかなり多い。 しかし「食べる」「できる」のような対応する自他動詞のない動詞がある点を見逃して はいけない。そして、文レベルで動詞を考えることを忘れてはいけない。 また、自動詞だから非意志的な行為で、他動詞だから意志的な行為だという捉え方を してはいけない。たとえば「行く、歩く、出かける」など自動詞であるが、動作主の意志が含まれている。一方、上述した二,?、二,?の場合、他動詞ではあるが、非意志的な行為に使われる例も少なくない。 ? 表現上の特徴から発想の違いに立ち入り、動詞をとらえること 6日本語では、「無生物が他動性の動詞の主語になることは少ない」、しかし中国語では「她的动作引起了我的注意。」などと言える。これをそのまま日本語に訳すと、 ?彼女のおかしい行動は私の注意を引いた。 となる。それより ? 私は彼女のおかしい行動に気づいた。 というほうが日本語としてより自然に聞こえるのである。 そして、中国語の場合は、よく動作主の立場から物事を述べ、動作の行為者に視点を置 く。それに対して、日本語の場合は物事に時点を置く表現が好まれる。つまり他動詞表現よりも自動詞表現が好まれる。それは表現上の特徴というよりはむしろ発想の違いである思われる。したがって、日本語の動詞を学習する際、単なる自他動詞の使い分けという言葉の習得にとどまらず、そこから中日両言語の発想の違いに立ち入って考えてみれば、言葉の勉強はもちろん、日本の文化や日本人への理解もいっそう深めることができよう。 5寺田和子等『日本語の教え方ABC』P.134 6市川保子 『日本語誤用例文小辞典』P159 248 参考文献: , 彭飛『外国人を悩ませる 日本人の言語習慣に関する研究』 , 新屋映子等『日本語教科書の落とし穴』 , 寺田和子等『日本語の教え方ABC』 , 市川保子『日本語誤用例文小辞典』 , 井上和子『変形文法と日本語』 249 250
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分类:工学
上传时间:2018-01-14
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